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岐阜地方裁判所 昭和35年(ワ)256号 判決

原告 国

訴訟代理人 林倫正 外四名

被告 野村建設株式会社 外一名

主文

被告らは、原告に対し、各自金四〇七、六一〇円、及び内金九、一九二円につき、昭和三四年二月二二日から、内金三七一、〇九八円につき、同年三月二八日から、内金一五、九一六円につき、同年三月三一日から、内金一一、四〇四円につき、同年四月一六日から、各完済まで、年五分の割合による金員を支払え。

訴訟費用は、被告らの負担とする。

事実

第一、当事者の求める裁判

一、原告の求める裁判

主文同旨の判決、並びに仮執行の宣言。

二、被告らの求める裁判

(被告浅野仁、適式の呼出を受けたのに、本件口頭弁論期日に出頭しないので、その答弁書を陳述したものとみなす。)

原告の請求は、これを棄却する。訴訟費用は、原告の負担とする。との判決。

なお、原告勝訴の判決ある時は、担保提供による仮執行免脱の宣言。

(被告野村建設株式会社)

原告の請求を棄却する。訴訟費用は、原告の負担とする。との判決。

第二、当事者の主張

一、原告の主張

(一)  被告野村建設株式会社(以下被告会社と称する)は、土木建築設計施行を目的とする会社であり、被告浅野仁は、被告会社の自動車運転手として雇われ、勤務しているものである。

(二)  被告浅野仁は、昭和三二年一〇月一六日、被告会社の業務のために同社所有の普通貨物自動車(岐1す5220号)を運転し、美濃加茂市古井町地内太田橋々上を、時速約三五粁で南進し、同橋の北詰より約一二〇米位の地点にさしかゝつた際、前方約三五・六米に対進して来た訴外山田良光の運転する自動二輪車を認めたのであるが、橋上(道路)のくぼみを避けようとしてか、右にハンドルを切り、道路中央より右側(西側)へ運転したゝめ、対進してきた右山田の進路をふさぐことゝなつた。

そこで右山田はよんどころなく、急拠自動二輪車のハンドルを右に切つて被告浅野運転の貨物自動車の右側(東側)に進行して事無きを得ようとしたところ、被告浅野も又ハンドルを左(東側)へ切つて進行したため、両車は衝突するに至つた。

およそ自動車運転者としては、前方に障害物を発見したような場合には、直ちに徐行又は停車して、対進して来る車には特に注意を払い、その車が通り過ぎてから迂回して障害物を避ける等、事故の発生を未然に防止し得べき適切な措置をとりつゝ進行すべき業務上の注意義務があるのに被告浅野は、これを怠り前方三五・六米の近いところを対進してくる右山田の車を認めながら、道路上のくぼみを避けるためか、不注意にも漫然道路の通行区分を侵して、山田の進路に進入したゝめ、ついには同人の進路をふさぐ結果となり本件事故を生ぜしめたもので、本件事故は、全く、被告浅野の右のような自動車運転上の過失に基因するものである。

(三)  被告浅野は、同人の過失にもとづく右事故により、右山田に対し、右中脳動脈栓塞後遺摩痺の全治一年四ケ月の傷害を与え、その結果同人に対し、金八六四、二一三円の損害を与えた。

右傷害の内訳及び算出の根拠は次のとおりである。

〈1〉 前記傷害の治療費一三七、六三六円。

〈2〉 傷害による休業中の得べかりし利益(同人の勤務先であつた美濃加茂市古井町下古井株式会社東和製作所における給与)金一五一、三二〇円。(自昭和三二年一一月至同三四年一月迄の間一ケ月金一〇、〇八八円。((事故前月の収入で所得税を控除した額))により算出)

〈3〉 右傷害により就職不可能であつた期間の得べかりし利益金二四二、一一二円。(昭和三四年二月から同三六年一月迄の間右〈2〉と同様の方法により算出)

〈4〉 右傷害により将来の勤労所得の減少による得べかりし利益の損害、金三三三、一四五円なお、#4の算定根拠は次のとおりである。

右山田は、昭和三六年二月二二日から、日本プレス工業株式会社に就職し得たが、本件傷害による病症は完全に回復することなく、右手の五指は開閉が自由に出来ないのみならず、手指の把握力も極度に減退し、右下肢の関節は摩痺してようやく歩行が出来る程度であつて、この傷はすでに固定し、将来においても完全に回復する見込のない所謂身体障害者となつた。

そのため、同人に対する右会社の待遇は、同人とほゞ同様の年令、学歴、経験を有する同社の職員訴外安田武夫との収入(基本賃金及び奨励金のみを対象として)を比較した場合、日額にして金八九円九七銭、月額(労働日数二四日として)にして金二、一五九円二八銭の格差のあることが認められる。そうだとすれば、右山田は現在二四才であり、通常六〇才迄は勤務できることは経験則に徴して明らかであるから、爾後三六年間少くとも月額二、一五九円二八銭の損害を受けることになる。従つてこの間の損害額は金九三二、八〇八円(九六銭切捨)であるが、これよりホフマン式計算法により中間利息を控除すると結局損害額は三三三、一四五円となる。

なお、右山田及び安田の賃金格差を日額八九円九七銭と算出した根拠は、両名の昭和三六年、三、四、五、六月分の基本賃金と奨励金とを各合算したものを、三、四、五、六月の各自の実働日数で除して得た両名の平均日給を比較した場合の格差で詳細は左記のとおりである。

記〈省略〉

(四)  ところで、本件事故は、被告浅野が、被告会社の業務執行につき生ぜしめたものに外ならないから、被告浅野は前叙の如く直接の加害者として、被告会社は、その使用者としていずれも訴外山田に対し、右損害を賠償する義務がある。

しかるところ、同人の勤務先であつた訴外東和製作所は、労働者災害補償保険に加入しているところから、原告(所管庁岐阜労働基準局長)は、訴外山田に対し、労働者災害補償保険法に基き、

昭和三四年二月二一日 金  九、一九二円(療養補償費)

同   年三月二七日 金一〇一、一二四円(右同)

右   同    日 金一〇四、二七一円(休業補償費)

右   同    日 金一六五、七〇三円(障害補償費)

同   年同月三〇日 金 一五、九一六円(療養補償費)

同   年四月一五日 金 一一、四〇四円(右同)

をそれぞれ給付し、その合計額は、金四〇七、六一〇円である。

(五)  右次第であるから、被告らは同法第二〇条の規定により、各自原告に対し、原告が右山田に対し補償した前示四〇七、六一〇円及びこれら各補償費を支給した日の翌日から、右完済に至るまで民法所定年五分の割合による遅延損害金を支払う義務があるものである。

二、被告らの主張

(被告浅野仁、適式の呼出を受けたのに、本件口頭弁論期日に出頭しないので、その答弁書を陳述したものとみなす)

(一)  原告主張事実中第一項は認める。第二項中事故発生の点は認めるが、その余は否認する。第三項乃至第五項はいずれも否認する。

(二)  被告は正規の免許を有し、過去に事故を起こした事もない。

(三)  本件事故は訴外山田の過失に基くものである。

即ち、右山田は、橋上にて追越しの暴挙をなし、かつ被告の車に自ら衝突したものである。又山田は橋上にあつて六〇粁以上の速度で運転していた。

(四)  故に、仮に被告に過失ありとするも、右山田にも右のような自動車運転上の過失がある。

(被告野村建設株式会社)

(一)  原告主張事実中第一項については、被告会社が土木建築設計施行を目的とする会社であることは認めるが、その余は否認する。第二項中被告浅野に過失があるとの点を否認し、その余は不知。第三項は否認する。第四項中第一段記載の事実は否認する、その余は不知。第五項は不知。

(二)  被告浅野は、本件事故発生当時訴外桐山某に雇われていたもので被告会社とは直接の関係はないものである。

第三、証拠関係

(原告)

甲第一、二号証、第三号証の一、二、第四号証の一、二、同号証の三の一、二、三、同号証の四の一、二、三、同号証の五の一、二、三、同号証の六の一、二、三、同号証の七の一、二、三、同号証の八の一、二、三、同号証の九の一乃至五、同号証の一〇乃至一三、同号証の一四の一、二、同号証の一五の一、二、同号証の一六の一、二、同号証の一七乃至一九、同号証の二〇、二一、同号証の二二乃至三〇、第五乃至一四号証、第一五号証の一、二、第一六、一七号証、第一八号証の一、二、を提出。

証人小川源昭、同山田良光、同野田保郎、同長谷川好朗の各尋問を求めた。

(被告野村建設株式会社)

証人桐山光夫、同野村利信被告本人浅野仁の各尋問を求め、甲第二号証の成立は否認する、甲第五号証、第九号証乃至一三号証の成立はいずれも不知、その余の甲号各証の成立は全て認める。とのべた。

理由

(被告浅野仁関係)

(一)  被告会社が、土木建築設計施行を目的とする会社であり、被告浅野が被告会社のために自動車運転の業務に従事していたものであることは当事者間に争いがない。

(二)  ところで、公文書であること、及びその趣旨形式から、いずれも真正に成立したものと認められる甲第六号証(後記措信しない部分を除く)第七、第八号証証人小川源昭、同山田良光の各証言、及び被告本人浅野仁の供述(後記措信しない部分を除く)を綜合すると、次のような事実が認められる。

(1)  被告浅野は、昭和三二年一〇月一六日年後二時頃、被告会社の命により、岐阜市から土岐市下石町まで、建築用材約四・五トンを運ぶため同社所有の普通貨物自動車(岐1す5220号)を運転し、美濃加茂市古井町地内太田橋(巾員約六、四米、全長約四三九、五米)へさしかゝつた。

そして、時速約三五粁で同橋の北詰より約九〇米位のところまで進行してきたとき、前方約三五米附近に、先行する貨物自動車を追越して、橋の西側手すりより約一米位のところを対進してくる訴外山田良光の運転する自動二輪車を認めながら、如何なる訳か、急にハンドルを右に切り、道路中央より右側(西側)へ運転進行したため、対進してきた右山田の進路をふさぐことゝなつた。

そこで、右山田はやむなく自動二輪車のハンドルを右に切り、被告の運転する貨物自動車の右側(東側)へ進行して衝突をさけようとしたところ、被告も同様ハンドルを左(東側)へ切り進行したため、同橋北詰より約一一〇米位、道路中央よりやゝ右側(東側)の地点で両車は衝突した。

(2)  ところで、右衝突事故の原因を考えてみると、凡そ自動車運転者たるものは、常に法規に従い、進行通路の左側を通行するのは勿論のこと、たえず進行、前方を注視し、特に対進車のある場合には、該車の動向に注意し、不測の衝突、接触等の事故をさけるため、できるだけ進路の左側に寄つて進行すべき業務上の注意義務があるのにかかわらず、被告は不注意にもこれを怠り、法規に反し、通行区分をこえて道路中央より右側(本件では西側)へ転進すべき特別な事情の何ら認められない本件において、漫然ハンドルを右に切つて進んだため、右山田の進路をふさぐこととなり、その結果前認定のとおり衝突事故を惹起したもので、本件事故は、右のような被告の自動車運転上の過失によるものと認められる。甲第六号証中右認定に反する部分及び、被告浅野本人の供述中右認定に反する部分は、いずれも前掲各証拠と対比するとき、これを採用することは、出来ない。

(三)  次に本件事故により、右山田が蒙つた損害について考えてみる。

証人長谷川好朗の証言により真正に成立したものと認められる甲第三号証の一、二、第一八号証の一、二、文書の趣旨形式から、真正に成立したものと認められる甲第四号証(但し、同号証の一八以下を除く)第九、一〇号証、証人野田保郎の証言により真正に成立したものと認められる甲第一一乃至一三号証、証人山田良光及び野田保郎の各証言を綜合すると、次の事実が認められる。

(1)  右山田は、当時美濃加茂市古井町下古井にある訴外株式会社東和製作所に工員として勤務していたが本件事故により、右中脳動脈栓塞後遣摩痺の傷害を負つた。しかして右傷害により原告主張のとおり#1治療費一三七、六三六円、#2右傷害により昭和三二年一一月より昭和三四年一月まで同社を休んだが、その休業中の得べかりし利益(給与)一五一、三二〇円#3同社を退社した昭和三四年二月から、後記会社へ就職する昭和三六年一月まで、右傷害により就職不能であつた期間の得べかりし利益金二四二、一一二円の損害を蒙つたこと、(右損害額算定についての原告の方法は甲第一〇号証及び、一般社会通念にてらし相当であると認められる)

(2)  右山田は、昭和三六年二月二二日より、岐阜県加茂郡坂祝村の日本プレス工業株式会社に工員として就職したが、右傷害により、手足の活動の不自由な所謂身体障害者となり、そのため、同人と同程度の年令、学歴、経験を有する身体健全な同職者の収入と比較して、少くとも日額八九円九七銭、月額二、一五九円二八銭(労働日数二四日として)の格差のあることが認められる。(格差算定についての原告の方法は、甲第一一乃至一三号証及び一般社会通念にてらし相当と認められる。)

しかして、右山田は昭和三六年六月二一日をもつて満二四才となる訳であるが、経験則にてらし、満六〇才まで勤労収入のあるのが普通であるから、(ちなみに満二四才の男子の平均余命は、四三、〇六年である。-第九回生命表による)同人の場合は、今後三六年間にわたり、少くとも月額二、一五九円二八銭、総額にして九三二、八〇八円、ホフマン式計算法により中間利息を控除すると、

三三三、一四五円というものが、右傷害による、将来の勤労所得の減少による得べかりし利益の損害ということになり以上の各損害額を合計すると、同人は本件事故により金八六四、二一三円の損害を蒙つたことになる。

(四)  被告は、本件事故発生については、右山田にも過失がある旨主張するが本件全証拠によるも、同人に損害賠償額を定めるにつき、斟酌するに足るべき過失があつたと認定し得る事実は認められず過失相殺の抗弁は理由がない。

(被告野村建設株式会社関係)

(五) 被告会社が土木建築設計施行を目的とする会社であることは、当事者間に争いがない。

ところで被告会社は、被告浅野は当時訴外桐山某の雇人であり、何等使用関係のないものであるから、責任を負ういわれはない、と抗弁するのでこの点につき判断する。

(六) 証人桐山光夫、同野村利信の各証言によるならば、被告浅野が、被告会社の正規の従業員であつたとは認められない。

しかしながら、民法七一五条にいう使用者と被用者の関係は、必ずしも明確な雇傭関係を必要とするものではなく、事実上指揮監督下にある他人を使用して、その業務に従事させる場合をも含むと解するのが相当である。

(七) これを本件についてみると、成立に争のない甲第一四号証、第一五号証の一、二、被告本人浅野仁の供述によれば、被告浅野は昭和三二年四月頃から同三五年二月頃まで、被告会社所有の貨物自動車を運転し、被告会社運送係の訴外桐山光夫、現場主任の訴外小倉隆次らの指揮監督の下に資材運搬等の業務に従事していたものであることが認められるし、現に本件事故の際も被告会社の自動車を運転し、その業務に従事していたものであることは、第二項で認定したとおり(被告会社の関係では同項記載の甲号証は全て成立に争いがない、)であり、又成立に争いのない甲第一号証によれば、事故後被告会社と原告(取扱者労働基準監督官加藤陽二郎同事務事官各務芳樹)側との間に本件事故に関する損害賠償請求に関しての話合が行なわれ、被告会社としても責任を負う旨の言動があつたことが認められる。

そうだとすると、前説示の如き民法七一五条の法意からして、被告会社が本件につき、所謂使用者としての責任を負うべきものであることは明白であるといわねばならない。

(八) しかして、本件事故により、訴外山田の蒙つた損害については第三項で認定したとおりである。(被告会社の関係では第三項記載の甲号証の成立については第九乃至第一三号証、第一八号証の一、二を除き全て争いがない。)

(結論)

(九) 以上のとおりであるから被告浅野は本件事故の直接加害者として被告会社はその使用者として、各自右山田に対し前記損害を賠償する義務がある。

(一〇) しかるところ、前掲甲第三号証の一、二及び第四号証各証によると、右山田が勤務していた前記株式会社東和製作所は、労働者災害補償保険に加入しているところから、原告は、(所管官庁岐阜労働基準局々長)右山田に対し、労働者災害補償保険法に基き、

昭和三四年二月二一日 金  九、一九二円(療養補償費)

同   年三月二七日 金一〇一、一二四円(右同)

右   同    日 金一〇四、二七一円(休業補償費)

右   同    日 金一六五、七〇三円(障害補償費)

同   年同月三〇日 金 一五、九一六円(療養補償費)

同   年四月一五日 金 一一、四〇四円(右同)

合計金四〇七、六一〇円を支払つたことが認められる。

(一一) そうだとすれば、同法第二〇条の規定により、被告らは、原告に対し、各自、右金四〇七、六一〇円及び、これらの各補償費を支給した日の各翌月から完済まで、民法所定年五分の割合による損害金を支払うべき義務あるものというべく、原告の本訴請求は全て理由があるからこれを認容することとする。

よつて訴訟費用の負担につき、民事訴訟法第八九条第九三条を適用し、なお仮執行の宣言の申立については、その必要がないものと認め、これを却下することとし、主文のとおり判決する。

(裁判官 村本晃 服部正明 上野精)

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